心理的負荷による精神障害の労災請求事案については、「心理的負荷による精神障害の認定基準」
(以下「認定基準」とします。)により、当該精神障害が業務上の疾病に該当するか否かの認定が行われます。
この認定基準について、近年の社会情勢の変化等や最新の医学的知見を踏まえた検討が行われた結果、改正が行われ、
令和5年9月1日より適用されています。
1、認定基準の概要
(1)対象疾病
この認定基準で対象とする疾病(対象疾病)は、疾病及び関連保健問題の国際統計分類第10回改訂版(ICD-10)
第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害であって、器質性のもの及び有害物質に起因するものを
除くこととされています。
対象疾病のうち業務に関連して発病する可能性のある精神障害は、主としてICD-10のF2からF4に分類される
精神障害です。
たとえば、統合失調症はF2、気分障害はF3、神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害はF4に
分類されています。
また、気分障害のなかに躁病エピソード、双極性感情障害、うつ病エピソード、反復性うつ病性障害、
持続性気分障害、他の気分障害、特定不能の気分障害と分類されています。
(2)認定要件
次の①~③のいずれの要件も満たす対象疾病は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する
業務上の疾病として取り扱われます。
①対象疾病を発病していること。
②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。
また、要件を満たす対象疾病に併発した疾病については、対象疾病に付随する疾病として認められるか
否かを個別に判断し、これが認められる場合には当該対象疾病と一体のものとして取り扱われます。
(3)業務による強い心理的負荷の有無の判断
前記(2)の認定要件のうち②に関し、心理的負荷の評価に当たっては、発病前おおむね6か月の間に、
対象疾病の発病に関与したと
考えられるどのような出来事があり、また、その後の状況がどのようなものであったのかが具体的に把握され、
その心理的負荷の強度が判断されます。
この判断に際しては、精神障害を発病した労働者が、その出来事及び出来事後の状況を主観的に
どう受け止めたかではなく、同じ事態に遭遇した場合に、同種の労働者が一般的にその出来事及び出来事後の状況を
どう受け止めるかという観点から評価されます。
そのうえで、「業務による心理的負荷評価表」などにより、心理的負荷の全体を総合的に評価して
「強」と判断される場合には、認定要件の②を満たすものとされます。
(4)業務による心理的負荷の強度の判断
業務による心理的負荷の強度の判断は、実際に発生した業務による出来事を、「業務による心理的負荷評価表」に示す
「具体的出来事」に当てはめることにより行われます。
2、認定基準の改正のポイント
認定基準については、次の「心理的負荷評価表」の明確化等により、より適切な認定、審査の迅速化、
請求の容易化が図られました。
(1)業務による心理的負荷評価表の見直し
新たな認定基準においては、「業務による心理的負荷評価表」について、次のような見直しが行われました。
①具体的出来事の追加、類似性の高い具体的出来事の統合等
具体的出来事に追加されたものは、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた
(いわゆるカスタマーハラスメント)」、「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」の二つです。
②心理的負荷の強度が「強」「中」「弱」となる具体例を拡充
・パワーハラスメントの6類型すべての具体例、性的指向・性自認に関する精神的攻撃等を含むことが
明記されました。
・一部の心理的負荷の強度しか具体例が示されていなかった具体的出来事について、他の強度の具体例が
明記されました。
(2)精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し
従前の認定基準では、悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」(特に強い心理的負荷となる出来事)がなければ
業務起因性が認められませんでした。
新たな認定基準では、悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」がない場合でも、「業務による強い心理的負荷」
により悪化したときには、悪化した部分について業務起因性が認められることとなりました。
(3)医学意見の収集方法を効率化
従前の認定基準では、例えば、自殺事案や、心理的負荷の強度が「強」かどうかが不明な事案などについては、
専門医3名の合議による意見収集が必須とされていました。
新たな認定基準では、これらの専門医3名の合議により決定していた事案について、特に困難なものを除き、
1名の意見で決定できるよう変更されました。